「勝つ」って何、の話。

勝ち負けがすべてじゃないとはいうけど どうせやるなら勝つほうがいい

今週の「起立礼」のベリーズ短歌工房ではそういう歌が紹介されたんですけど、テーマが運動会でしたから、得点とか順位とかの勝ち負けのことだと思います。では、生きるうえで「勝つ」とはなんだろう、と最近思います。「勝つ」ということは「敵、相手を負かすこと」辞書ではあります。ではそれだけがすべてなのかというと、やっぱり、そうなのだろうと僕も思っていました。だから自分と意見の対立が起きた時、論破・説得できなかった自分は弱いのか。ずっとそう思っていました。

ところが、最近読んだ本の中にはこういう一節がありました。

「勝つ」ためにやっているのなら、確実に勝てる相手とだけやっていれば人間の遺伝子は満足するのではないでしょうか?

私は「勝つ」ということを次のように考えています。
「勝つ」とは「自分らしくあること、またいかなるときでも、その自分らしさが発揮され、本当の自分にふさわしい結果を得ること。そしてその過程で自分が成長すること」であると。
この達成感こそ、すべての人が本当に追い求めている「勝つ」ということだろうと私は思っています。
だから負けるとわかっていても、負ける可能性があっても、この「勝つ」を人間は求め、全精力を投入できるのだろうと思います。
自分の信念を貫き、誠実に生き、自分に克つことが「勝つ」ということなのだと沖田プロは私たちに教えてくれました。
人生も同じです。相手に勝つことだけを追い求めている人は本当の「勝利」は得られません。相手に「勝つ」前に自分に「克つ」ことが真の勝者です。
                                    (辻秀一「風の大地人生勝利学」)

いま仕事場で現実的でないことを言ってくる人がいます。僕自身は、自分を改める時は改め、全体が勝利できるようにするには、現実の中で自分は、メンバーはどう行動すればよいのか。多少の犠牲を伴ってでもメンバーを変えればそれは解決するのか。現実の中でどうすればいいか。と悩みながら、考えながら、最近働いています。
夜中心の仕事になって1か月がたちましたけど、慣れるまでも大変でしたし、かなりの犠牲も払いました。でも、いままで自分がビシッと仕切れなかったことが1日だけであっても、できるようになった。そういう時、家に帰って「俺は勝った」と思いました。
他人と言うのは簡単にコントロールできるものではないし、「人を変えたいならまず自分から変われ」という話も聞いたことがあります。だから、まずは「克つ」自分に変わっていく日々を、積み重ねていきたいと思います。
「三日坊主も100回続ければ三百日坊主だ」
と言いますしね。