仙台フリーライブの話。

 もう、10年たっているから昔って言ってもいいと思うんですけど、裕ちゃんが現役娘。だった頃に、卒業に伴ってあやっぺから裕ちゃんに推しを変えた人と話した時に、「推しメンが抜けたとき」というのが話題になったことがあります。あやっぺが娘。を抜けた時、それは後に起きるような突然の脱退ではなくて、あらかじめ予告されていたものでした。だけど、その時の娘。にはすぐに次のライブがあったというのをそのときに知って驚いたことを憶えています。その人はその次のライブにも足を運んだのですが、そのときの感覚を「え、なんでここで後藤が歌っているの?」って思った、というのです。

 昨日、ももクロちゃんは仙台にて震災復興支援の名のもとにフリーライブを行いました。その模様は同日24時からUstreamで配信されて、自分はそれを見ていたのですが、あかりんが抜け、Zになったももクロを見るというのは初めてなだけに、そのパフォーマンスには注目をしていました。
 あかりんが抜けたももクロの曲の印象というのは、全体的に明るさが増したように思います。あかりんって声は低い方だったし、そこが抜けると当然ですが全体の声は高くなります。そして、その不在を感じるところは多々あったかもしれません。例えばラップのパート、怪盗少女の歌詞の一部等は慣れるまでは現場数がかかるかもしれないと思います。でも、曲はそこに存在し、そのパフォーマンスを見ていた時に、なぜか「え、なんでここで杏果が歌っているの?」とかの思いはしなかったんです。パート割りを全部憶えているわけじゃないからとか、これといった推しメンがいるわけじゃないから(いわゆるハコ推しですね)とか考えましたけど、ただ、それはあかりんの存在がたいしたものではなかったからというのは違うように考えます。今できることを、この5人でできることを、というのをやっていったらこうなった。そういうことだと思います。
 そうは言っても、その違和感がある限り、Zになる前のももクロを応援していた人たちの中に、その中にかつて早見あかりという存在があったということが、その曲を聞くたびに思い起こされるわけです。それはあながち悪いことでもない。そう思えてくるのです。
 ライブの中では新曲が2曲披露されました。それが「Z伝説〜終わらない革命」と「コノウタ」という曲だったのですが、「コノウタ」は「走れ!」や「オレンジノート」に通じるラフスケッチのような青春曲、そして「Z伝説」は自分たちを戦隊ヒーローになぞらえたかのようなネタ曲。曲中は組体操まで行い完全に暴走しちゃっていることがすごすぎて、なんと言っていいのかわかりませんが、攻めに攻めていくしかない曲なので、早くCDで聞きたいし、PVも楽しみです。きっと火薬が必要な場所で撮るんでしょうね*1


 ということで大成功に終わった様子が配信画面からも伝わってきました。
 次回はそのもう一つの側面について書いてみようと思います。
 ではまた。

*1:自分の中の戦隊モノってそういうイメージなんですよ