この人自分に酔ってんじゃないの?の話。

 お久しぶりです。
 時々、昔の記事を読み返すことあるんですけど、なんといえばいいのか、良くも悪くもいろんなものの影響を受けちゃっている気がします。それこそ、スポーツノンフィクションを好んで読んできたから、現場記事なんかは、そういうドラマチックな方向に話を持っていきたくなるような。そんな気がします。
 先日のサッカーの代表戦、日本がワールドカップ出場を決めた時のいくつかの記事を読んでいると、それに対してのコメントに「この人自分に酔ってんじゃないの?」っていうのがありました。それを見て自分の現場記事を読み返すと、酔って書いたとしか思えなかったりするんですね。だからやけに恥ずかしく思えたりする。
 でも、自分の中ではセットリスト書いてコメントつけるみたいな書き方はしたくないっていうのがあります。記録としてはいいのかもしれない。昔別のサイトでやっていた番組の書き起こしなんかは、もっと忠実に起こせば記録としての価値があったのかもしれないと思うようになりました。自分が書いていた時はYouTubeはまだなかったけど、どこかにアップロードされる動画の存在は意識していたし*1、忠実に起こすと動画に負けるって思ってました。
 だから、せめてちゃんと読み物としても読みごたえのあるものにしたいと思っていたのですが、最近、特にツイッターを始めてからだと思うのですが、まとまった分量を読むことが出来なくなってきた感じがします。情報に対して素早いレスポンスを求められる流れについていこうとすると、どうしてもこちらからのアウトプットも短くなってしまいます。そのせいで、現場記事とかもまとまったものを上げるのにかなり苦労します。だからそういう酔ってないと書けない文章を上げてしまう。そんな気もしてきました。
 でも、本当に書くときは難しいですね。「文は人なり」とはよく言ったものです。
 でも、せっかくいくつかの現場にも行けるようになったところですし、もうちょっと頑張ってみようかと思う所です。
 
 ではまた。

*1:でも、当時はアップロードとダウンロードの意味の違いもわかっていなかったこともまた事実