安倍なつみコンサートツアー「Angelic」の話。

オープニングアクトまのえりちゃんの歌のあとで、場内に流れるピアノの旋律。それにそぐわない感じのヲタのちょっとした叫び。天使降臨とかそういった感じの演出はなく、ごくごくノーマルなライティング。そんな風に始まった1曲目が「あなた色」。
ソロ活動1回目のツアーの時、この曲に僕は綱渡りのような緊張感を感じていました。世間から求められるイメージと、ソロになっての自分の色を出したいような、その間のギリギリの線を歩いていくような。
この日のなっちにはそんなタイトロープを渡るような危なっかしさがあったわけではなく、むしろゆったりした安定感のようなものを感じました。

 自分が今回のライブの成功を確信したのは5曲目の「・・・ひとりぼっち・・・」の時。海を思わせる映像が背後のセットに映し出される中、ゆっくりと歌うなっち。もうこれで終わってもって思えるぐらい。
この日はお互いの信頼感のなせる現場だったかもしれません。

 その後、終始自分が感じていたことは、彼女の中のとんがっている部分が良い意味でなくなっていたということです。当時とは違い、今の舞台の上にはミュージシャンがいて、状況は確かに変わっています。
でも、それだけではない、そういう思いがします。

自己表現というか、自分から発信していくということの壁にぶつかったことも、正直ありました。

 MCでもそういうことを彼女は言っていますが、まわりの求めたもの、いわば百人百様の「なっち像」のすべてに合わせようとしていたのではないかと思えるくらい、ソロ活動初期のなっちはとんがっていたように見えました。
今思えば、そこに無理があったのではないかとも思います。
今の彼女にはそれがありません。
そのかわり、今の彼女には普遍性に通ずるような存在感を感じます。

そして、それを受け止めるファンが確かにそこにいました。
理解できない叫び、場違いなツッコミ。
そんなことが起こっていた以前の現場とは違い、この日の客席にはそういうものはありませんでした。
歌に身を委ね、ワンコーラス歌い終わると大きな拍手を送りました。
アンコールの「愛しき人」では共に歌う声が、最後列にいる僕の耳にも届いてきました。

もしかしたら、彼女がとんがっていた時には、客席もとんがっていたのかもしれません。娘。とかベリキューの現場とか、そのほかのいろいろな場所で、僕は時々、そこに渦巻く熱のようなもの、狂ってしまいそうなエネルギーを感じます。それを求めていることも事実です。
それでも、この日、僕は思いました。
僕たちは、どこかで「安倍なつみ的な何か」を求めているのかもしれない。
緩やかな、それでいて確かなつながりを感じられるような。
そんな彼女のステージを求めているのかもしれません。